2014年8月16日土曜日

51 いにしへや・・・

『   いにしへや、
  かゝる山路に 行きかねて、
     寝にけむ人は、
   ころされにけり

   雨霧のふか山なかに
 息づきて、
 寝()るすべなさを
   言ひにけらしも

 山がはの澱の 水()の面()
   さ青()なるに
 死にの いまはの
    脣(くち) 触りにけむ   』
***
このうたには下記の前書きが添えられている。

『ーー城破れて落ちのびて来た飛騨の国の上﨟(じやうらふ)の、
    杣人(そまびと)の手に死んだ処。』

上﨟(じやうらふ)とは国語辞典で調べると、『年功を積んだ上位の人』とある。
***
このうたの状況はこういうことらしい。

昔,飛騨の国の何処かの城の高位の女官が、戦いで敗走し、山へ逃げた。
霧雨の降る、その山で一夜を過ごそうとしているとき、「きこり」に殺された。

おそらく釋超空は、民間伝承探訪の旅の途中で、この逸話を土地の人から聞いたのだろう。 

その逸話に触発されて、このうたを作ったのではないか。

このうたの透徹にして透明な哀感は、まさに釋超空の世界だと私は思う。

特に以下の最後の箇所は、北原白秋が釋超空を評して言うように、『尋常人の鍛錬(たんれん)によっては得られぬ、不気味なほどの底から光って響いて来る』、或る幽鬼さをも感じさせないだろうか。

釋超空以外の人が、この不気味なほどの静謐な詩的イメージを表現しえただろうか。   素人ながら私はそう思う。

『 山がはの澱の 水()の面()
   さ青()なるに
 死にの いまはの
    脣(くち) 触りにけむ 』