2014年8月5日火曜日

4. をとめ一人・・・


『をとめ一人 まびろき土間に立つならし。くらき その声 宿せむと言ふ』

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おそらく、作者は民俗学の研究の一人旅を終えて、日本のどこか奥深い土地で、
疲れた体を休める一泊の宿を探してしたのだろう。

 もう、あたりは夕闇に包まれていて、まわりの山々は既に黒い闇の中に沈もうとしている。 すると、いままで歩いてきた古道の端に在る、暗がかった家から低く声がする。

このうたには、こういう背景が先ず眼に浮かんでくる。

 「宿せんと言ふ」「をとめ」の声は、どこか暗いというより罔(くら)い。

その声は、どこかの古池の奥から聞こえてきそうな籠もった声。

 
いや、その声は、人間のふるいふるい歴史の遠くから、かすかに呻くように聞こえてくる
(たましい)の声のような気さえする。

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空海に以下の言葉がある。

 「生まれ生まれ生まれ生まれて生(しょう)の始めは罔(くら)

 死に死に死に死に死んで死もまた罔し」

 私は釋超空の上記したうたから、この空海の言葉を連想する。

 この連想は「をとめ」だから成立する。

つまり、人は人を生み、そして人は死んでいく・・・そういう生と死の連綿とした
存在としての人間の連鎖。

 そういう人間のありようは、暗い陰にひっそりと佇む「をとめ」のように罔(くら)い。

 「宿せむと言ふ」「くらき その声」の「をとめ」は、そのような物象としての人間の
根源的なものの象徴ではないか。

たぶん釋超空という人は、人間の物象としての根源的な罔(くら)いものを探求し
続けていたのではないだろうか? と私は思ったする。