2014年8月13日水曜日

28 山中(なか)は・・・

『山中(なか)は 月のおも昏(くら)くなりにけり。
    四方(よも)のいきもの 絶えにけらしも 』
***
このうたも民俗学研究の旅の途中の野宿でのうただろうか。
身を草むらに横たえていた作者は深夜ふと目をさます。

あたりは森(しん)とした静寂につつまれているが、しかし、「いきもの」の気配を作者は感じている。 「いきもの」は絶えているらしいと作者は感じているものの、しかし、そう感じれば感じるほど逆に、作者は身近にその「いきもの」を感じている。
***
釋超空が「いきもの」というとき、私は常に或るニュアンスを感じる。
それは、言わば「月のおも昏(くら)」いような冥途的象徴であり、また原初的で根源的な、空海の言う罔(くら)い物象だ。

この「いきもの」という物象は、この宇宙で、絶対的に孤独なのだが、この孤独感を表した詩がある。萩原朔太郎の『遺伝』がそれだ。

『遺伝』での「青ざめて吠えてゐる」犬は、釋超空の言う「いきもの」なのだ。
この宇宙の深い深い闇のなかの物象・・・それが釋超空の言う「いきもの」なのだ。
****
『遺伝』(萩原朔太郎)

人家は地面にへたばつて
おほきな蜘蛛のやうに眠ってゐる。
さびしいまつ暗な自然の中で
動物は恐れにふるへ
なにかの夢魔におびやかされ
かなしく青ざめて吠えてゐます。
  のをあある とをあある やわあ

もろこしの葉は風に吹かれて
さわさと闇に鳴つてる。
お聴き! しづかにして
道路の向こうで吠えてゐる
あれは犬の遠吠だよ。
   のをあある とをあある やわあ

「犬は病んゐるの? お母さん。」
「いいえ子供
 犬は飢ゑてゐるのです。」
遠くの空の微光の方から
ふるえる物象のかげの方から
犬はかれらの敵を眺めた
遺伝の 本能の ふるいふるい記憶のはてに
あはれな先祖のすがたをかんじた。

犬のこころは恐れに青ざめ
夜陰の道路にながく吠える。
    のをあある とをあある のをあある やわああ

「犬は病んでゐるの? お母さん。」
「いいえ子供
 犬は飢ゑてゐるのですよ。」